2011年5月31日火曜日

ご入居

4月の初旬にバトゥパハットに戻ってすぐ新居探しを始めました、一週間ぐらいでとりあえず意中の物件に出会えました。ちなみに不動産屋があるわけではなく、自分で一軒一軒家を回って、借家って看板を見つけ、そこに書いてある連絡先に電話するのです。

5月からの契約ですが、4月末にはすでに鍵をもらい、毎日通って数時間をかけて清掃、片付け、電話、インターネット、家具、電気製品などを揃い、5月中旬にとりあえず住める状態になっていましたが、いろいろあって、めでたく今日正式に入居しました。

実家から自転車で5分かかりません、ちなみに借家です、日本的にいうと2LDKで家賃が400リンギットです(1万2千円弱)、エアコン、扇風機付きで家具なしです。敷金2ヶ月の礼金なしです、というか礼金という文化はありません。さらに敷金というのは、契約解除前の2か月分の家賃に当てるので、退去後にいろいろ引かれて返されるものではありません。

まず、こんな感じの家です。。。この広いスペースに車をとめるのです、もちろん門を閉め、欠かせないものその1-頑丈な南京錠をかけます。外の2本の木は隣のおじさんが植えたパパイヤの木です。自分の敷地ですが、植えたのは隣のおじさんですので、食っていいかどうか微妙ですね。。。

玄関に入るとリビングですが、ソファはありません、ソファの代わりに大きいダイニングテーブルを置きました。ここで本を読んだり、ブログを書いたり、食事をしたりといろいろできます。右に見えるのは先日IKEAで買ったです、中には本や書類などを入れ、上には電話、ダイヤルアップルータ、テレビなどを置きますので、別々の家具は必要なく一石二鳥です。


リビングの後ろにダイニングのスペースですが、とりあえずりリビングにあるダイニングテーブル(ややこしい)で食事ができますし、あまりお金もないので、不便を感じたらそのうち小さいダイニングテーブルを置くつもりです。しばらくここは子供の遊び場になりそうです。

キッチンは作りつけの棚とダブルシンクが基本です。左に見えるのは欠かせないものその2-浄水器です、ガスはプロパンのみで、お湯はとりあえず出ません、というか別にそんなに必要感じません。

今日から奥さんと子供がマレーシアに帰ってくるまでとりあえず久々の一人暮らしです。。。

2011年5月30日月曜日

一応エコーじゃない車も

普段の移動はPriusより燃費の良いエコーカーを使うのですが、さすがに重い買い物やちょっと遠いところはそうも行きません。ここの公共の交通機関は、長距離はまずまず便利ですが、近距離の市内などはあまり発達してません。バスは線路図もなければ、時間表もありません、タクシーも長距離のものしかないようです。そもそも基本的に一家に車一台以上の暮らしですから、バス、タクシーには頼りません。

できれば出かけなくて済むようにしたいと思いますが、出かけなければならない大人の事情があります。ということで、文明社会がもたらしたものの一つ”車”というものを所持せざるを得なくなりました。

日本での20年の中で、3台の車を持っていました。入社1年目で千葉の寮に住んでいた頃買った新車のMR-2です(カッコウいいべ。。。)。三年弱乗っていましたが、結婚を機に都内に引っ越すので、手放しました。

その後、埼玉のふじみ野に引っ越した時に、奥さんの親戚からただでもらった中古のマーチです。これも新車のエスクードを買うまでに2、3年乗りました。

実はこの3台の車には一つの共通点があります(他にもダイヤは4つあるとか共通点はいっぱいありますが。。。)、それはいずれも事故ったことです。。。

ここバトゥパハットの交通量は間違いなく茨城より多い、そして交通マナーは関西並みです(こういう言い方だと別に悪口じゃないよな。。。)。今度も人命に関わらない小さい事故で済むように祈ります。。。いやいや、事故のないように祈らないといけないのです。

祈って実るなら特に宝くじが当たりまくるので、自分のジンクスを信じて、ここは断じて新車を買わないことにしました。というより、いい車に乗ると金持ちだと思われ(金持ちだからいい車に乗れますが)狙われるし、新車に乗るとちょっと傷が付けば、気持ちも凹みます。こんな体に悪いことは嫌で、全く新車を買う気にはなりません。

実は、母親が新車を買うので、今まで乗っていた車をまたただでもらいました。というか息子が20年ぶりにマレーシアで暮らすので、お祝いに新車を買ってくれても別に行き過ぎじゃないかと思われますが、いえいえ、くれても要りません。

この車は韓国車で、2004年に買ってまだ2万キロしか走ってないです、若干燃費は悪いが、あまり乗らないつもりで2ヶ月いっぺんにガソリンを入れるように目指したいです。


それにしても今まで、新車 → ただでもらった中古車 → 新車 → ただでもらった中古車の繰り返しで、ということは次は新車か。。。

ということで、10月にマレーシアに遊びに来るとき、ベンツで迎えに行けなくてすみません^^; > K山先輩

2011年5月28日土曜日

資源回収

日本から届いた荷物は、ここではなかなかない品質の良いダンボールで、妹が近いうちに引っ越しをするため、とりあえず処分しないことにしましたが、新居への入居準備で、家電やら家具やらの購入で大量のダンボールが発生します、一部の業者は設置してくれるものの、ダンボールは持って帰りません。

ここバトゥパハットではごみの回収は特に分類しません、燃えるごみも燃えないごみも、瓶も缶も全部同じです。指定のゴミ袋もなければ指定のごみ置き場もありません、皆さんはほとんど買い物でもらったビニール袋に入れ、家の前に置きます。

幸いなことに、近くに民営の資源回収会社があり、下記のものを買ってくれます。
・紙類(ダンボール、新聞紙など)
・アルミ缶(一番単価が高い)
・プラスチック
・鉄類

この日実家から古い新聞紙なども入れて、回収してもらった資源は、紙33.8kg、プラスチック1.2kg、鉄2.6kg、しめて15リンギット8セントです(約450日本円)。大した金額ではないが、死蛤粿條なら4食が食えます^^;、私にはかなりいいお小遣いになっています。

私は今後もお小遣いを稼ぐため、ごみを分け、なるべく資源として回収してもらおうとは
考えていません

資源に再生させるためにエネルギーが発生しますし、新たなごみが発生しますし、環境が汚染します。私たちは資源回収は誇るべき行為だと考えてはいけません、いかにごみを減らし、いかにごみを発生させないこと、これこそこの青い地球を守り、われわれの後世を守る正しい心がけだと思います。

2011年5月25日水曜日

屋台小吃

バトゥパハットに戻って、もう少しで2ヶ月になろうというところですが、実はいまだに実家に居候しています(この場合居候とは言わないが)。人のキッチンとキッチン用品が使い慣れないので(言い訳)、母親の手料理か外食ばっかりの生活です。

バトゥパハットの外食は基本的に店なのか屋台なのかの分類があります、店でもレストラン以外、屋台そのものが店の中に置く場合があります、これはおそらくキッチンの設備が要らないから、安く、簡単に開けるだと思われます。大きいところでは、いくつかの屋台が集まって、客に多種多様な料理を提供できるので、なかなか人気です。

さて、今日の夕食はバトゥパハットのポピュラーの屋台料理の一つである”死蛤粿條”です。”死蛤”は読んで字のごとく、死んでいる蛤です。”粿條”はきしめんみたいな麺です(実際注文したのは、きしめんと普通の麺を混ぜたものです)。

しょうゆ風味で(普通のしょうゆではない。聞かなかったけど、たぶん企業秘密です^^;)、麺と蛤以外、たまごともやしも入っています。これは大盛りで、日本円で100円弱です、ええと、ライムを絞りましてペロンと平らげました。

そして、こんな感じの屋台で、おじさんが作っています。

2011年5月22日日曜日

欠かせないもの2

日本に20年間住んでいましたが、恥ずかしながら日本の水道水が直接飲めるのは、ごく2、3年前に知りました^^;。それまでは必ず水を沸かして飲むようにしています、これは日本に行くまでの習慣で、水を沸かさないで飲むと下痢すると言われたからです。

バトゥパハットでは近年だんだんと水道水が汚くなってきます、工業地区のせいか、水道水の汚さが有名です。もう沸かせて飲んでもだめです、いくら泥水を沸かしても細菌は死んでしまうかもしれませんが、泥は残ります。泥水?いえいえ、別に言いすぎじゃありません、水道をひねって薄赤い水(最初の5秒ぐらいだけ)が見える場合もあれば、見えなくてもフィルターを通せば、一日でそのフィルターが泥だらけになってしまいます。

これはいかん!飲み水、料理など口にする水は清潔じゃないといけません。そこで導入したのはこの浄水器です、中には三つのフィルターがあり、泥はもちろん、重金属(鉛とか)、細菌などカットした上で、ミネラルを作るそうです。


しかし、これはあくまでキッチンの水道の浄化だけで、洗濯、シャワーなど蛇口ごとに付けるわけにはいきません。洗濯物はそのうち白い服が黄色になるし、シャワーは皮膚病にかかる恐れがあります。

そこで室外濾過装置も入れました、これは上水道からの水が必ずこの濾過装置を経由する、中のフィルターに泥が溜まっても逆洗浄できる仕組みとなっています。

ちなみにこの濾過装置と浄水器を合わせて日本円で約10万円かかります、高い買い物ですが、健康のため絶対に必要です。

2011年5月21日土曜日

欠かせないもの1

マレーシアはなんてたって日本ほど安全ではありません、家では日本みたいに普通に鍵をかけるだけでは不十分です。

まず、基本的に外構は頭の高さぐらいのフェンスと門で囲まれます、この門には普通な道具では壊せない頑丈な南京錠が必要です。


それから、玄関のドアは普通に鍵をかけますが、その前に鉄格子のドアが不可欠で、これも鍵をかけ、さらに南京錠をかけます。窓も鉄格子があり、とにかく簡単に侵入できないようにしなければなりません。

家に入るには4つを開けないといけません、これがスタンダードです(一軒屋の場合)。家にいる時は風を入らせるためドアを開け、鉄格子のドアの鍵をかけるだけで、基本的に全部かけるのは夜寝る時と遠出の時だけです。

2011年5月19日木曜日

行けや

”行けや”、”行けや”って耳元で囁かれて、仕方なく--;”IKEA”に行ってきました。

買いたい大きいものはありますが、ホームページ上で、店の近所しか配達しないと書いてありますので、一番下の妹にお願いして、昨日母、妹とその彼氏イェン君の4人で行ってきました。

マレーシアではクアラルンプールにある一店舗しかなく、バトゥパハットから車で3時間ちょっと走って、馴染みの黄色と青色の倉庫風建物に入りました。

お昼は中のレストランで食べました、定番?のミートボールもありましたが、私が頼んだのはタンドリーチキン風のもので、さすがにこれは日本にはありません。

店の構え、システムはおそらく世界共通でしょう、物は基本的に日本と同じですが、気のせいか、物によっては若干品質が劣ってるように感じました。

買ったのはEXPEDITシリーズの棚で、ちなみに日本では7,990円ですが、ここは299リンギットで、日本円に換算すると8,500強です。物価が低いマレーシアなのに、日本より高いのはどういうことか!超大金持ちしか買えないじゃないか!えっ、私は違うって!

事前にサイズを測ったので、何とかぎりぎり車に入れましたが、狭い車の中に窮屈な3時間を過ごし帰ってきました。一応配達コーナーでジョホールにも運んでくれるのかって聞きましたが、この棚二つ買える値段でした。。。びっくりして言葉も出ない、トラックを借りて、レンタル代、高速代、ガソリン代を入れても取りに来たほうが全然安い。
まぁ、マレーシアは日本と違って、物流のシステムが整ってないから仕方がないです。誰かこのビジネスに投資しませんか?K山さんあたり。。。私は儲かることに興味ないから一緒にやりませんが。。。

2011年5月16日月曜日

起源

私の住んでいる町、バトゥパハット(Batu Pahat)の名前は、バトゥは石で、パハットはノミを意味します。昔ある井戸を掘るときに”石をくれ”、”ノミをくれ”と叫んだのがきっかけで、後にこの名前になったそうです(その前の名前は知りません。。。)。

今日はその井戸にある海辺に行ってきました、ここはよく行きますが、こんな大きい漁船?を目にするのは初めてです。

そして井戸について、説明の石牌がありました。

何が書いてるのか見えないって?はい、ちゃんと日本語の説明もあります。

そして、実際の井戸はその後ろにあります、ごく普通の井戸ですが、これがバトゥパハットの名前の由来です。

目の前が津軽海峡、じゃなくて、マラッカ海峡です。
 

2011年5月14日土曜日

すべてなくなった

先週伯父さんの家が火事に遭い、物一つ持ち出せず、何もかも焼かれ、すべてなくなりました。


この家は亡き父の実家でもありました、かつて祖父母も住んでいて、訪ねたり、大晦日(旧正月)の日にお年玉をもらいによく行きました。今は伯父さんとその息子夫婦しか住んでいませんでした、実はパーム園に行くときに、必ずこの家の隣の道を通ります、そのうち行こうと思っていましたが、永遠に叶えなくありました。

火災は隣近所の飲食店で放火されたそうで、ほとんど木造の古い家屋のため、一瞬のうちに火が蔓延し、九件の店、住宅が全焼となりました、けが人や死者が出なかったのは不幸中の幸いです。

私たちは多くのものを手に入れるために必死に働き、必死に稼ぐ、しかし一瞬のうちに失ってしまいます。清貧の暮らしは必要最小限のものしか持たないため、不必要に働かない、稼がない、失ってもダメージが少ない。

2011年5月12日木曜日

初給料

私の給料日は特に決まってませんが、大体パーム会社から一か月分のお金(パームの収益から工賃、肥料などを引いた金額)が送られてきた後になります。

給料は現金支給でも、口座振り込みでもなく、日本ではなじめない小切手です。これを銀行に持っていって、現金に換えます。

日本円で5万円ぐらいです、私が日本でもらっていた給料の数分の一になります。ちなみにマレーシアの大卒の初任給並みかそれより少ないです。少ないと思われるかもしれませんが、これが一ヶ月のうちたった4日間+αの労働の対価を考えると、めちゃくちゃ時給が高いです。そして清貧暮らしをするには、一応十分です。

ほかに公積金(年金)と労働保険料も納めないといけないので、所定の申請書を書いて、小切手を切って、銀行で手続きをします。公積金の額は給料によって決められ、自分(給料から)と会社が半分ずつ負担します。55歳に今まで納めた金額(利息付)がもらえます、その前でも家を買うなどお金が必要なときに一部を下ろせるみたいです。

2011年5月11日水曜日

馬六甲一日遊2

マラッカは近年世界文化遺産に登録され、観光客がよく来ています。昼食の後、とりあえず観光地に行ってみました。


あまり詳しく分かりませんが(勉強中です)、マラッカには独自のババニョニャ文化があり、ババニョニャとは、昔中国から来られた人と現地のマレー人と結婚し、その子孫が女性はババで男性はニョニャ(ジジではありません)と呼ばれます、中国とマレーの混ざった独特の文化です。

こういった建物は中国系っぽく見えますが、おそらくババニョニャのものだと思われます。

マラッカといえばこの赤い建物が特徴です。

ニュージーランドのクライストチャーチはなくなりましたが、マラッカのはちゃんと残ってます。地震のない国ですから、あと何百年は残るでしょう。。。たぶん。

日本の観光地の人力車に負けない鮮やかな三輪車です。しかも大音量の音楽が流れます、時代の最先端に”走っている”ことは間違いありません^^;

これがおそらく世界文化遺産に登録された遺跡でしょう。近くに行けば何の建物かの看板はあると思いますが、遠く眺めているだけなので、記憶ではポルトガル時代のものだと思います。

2011年5月10日火曜日

馬六甲一日遊1

マラッカ(馬六甲)に住んでいる妹が週末にバトゥパハットの実家に帰ってきて、昨日マラッカに戻る時に一緒に来ないかと誘われ、暇なのでついていきました。

マラッカはジョホール州の隣接の州(県)で、バトゥパハットから車で約2時間のところにあります、妹は専門学校(日本的にいうとおそらくそうである)の先生で、ちょうど今は試験期間でタイムカードを押すだけで、学校に居なくてもいいそうです。

そんなわけでいろんなところを連れてもらいました。私はインド料理に興味があり、バトゥパハットにいる時なかなか行けないので、昼飯はインド料理の店に行きました。インド料理でも純粋なインドの店とイスラムのインドの店があるそうですが、私たちが行ったのは純粋なインドの店でした。

バナナの葉っぱにご飯やおかずを載せ、お皿に入ってるのは別で頼んだおかずです(その後分かったのですが、おかずを別で頼まなくても定番のものが最初から入ってます)。
一応スプーンとフォークも置いてありますが、郷に入っては、郷に従うじゃないけど、手でほうばりました。

2011年5月9日月曜日

初めての母の日のお祝い

記憶の中では母の日に祝うなんてはありませんでした。日本に行く前まだ良く分からないせいか、あまり祝うっていう考えはなかったが、日本に行ってからカードぐらいを送ったことはありました。

昨日の母の日に家族全員でホテルの中のレストランで食事をしました。                       




私にとって初めて直接母を祝う母の日でした。

2011年5月7日土曜日

荷物が届いた

昨日日本からの引越しの荷物が届きました。日本で4月4日に荷物を引き取りに来て、一応説明では31~35日かかり、さらに現地のセンター(クアラルンプール)から送り先まで最長7日要するとのことで、5月中旬に届くのではないかと思ってましたが、その前日に連絡があり、昨日無事届きました。以前実家に荷物を送ったときに、税関で開けられ中身の確認検査はありましたが、今回は何もなくテープを貼られたまま届きました。

大小14箱のダンボールです。物的なものとして、日本にある一軒屋以外、私の日本での20年間の全財産です。多いと見るのか、少ないと見るのか、もう少し減らしても良かったと少しばかり後悔しています。中身はキャンプ用品が4箱で、厳選された本が1箱、家のドキュメントが1箱、ノート、手帳などの文房具が2箱、服が1箱、キッチン用品が2箱、雑貨、日常用品が2箱と子供のおもちゃが1箱です。

海外引越しを考えている人へのご参考ですが、船便で、荷物の梱包はすべて自分で(梱包してくれるプランもあります)、料金は荷物の面積+保険料です。私の場合は1.5ミリ立方で約12万円ちょっとでした。

2011年5月6日金曜日

マレーシア文化

実家の近く、歩いて2、3分ぐらいのところにイスラムの教会があります、通称タマネギです(たぶんなぜか分かるでしょう)。住宅地にこういう教会があるのは、ごく普通です。この教会もおそらく元は普通の住宅で、少し改修して教会にしたようです。
 

まだ夜が明けない早朝5時半過ぎぐらい、たぶんここからスピーカーを通して、イスラムのお経の声が聞こえてきます、私は大体5時半ぐらいに起きるので、お経で起こされるということはありません。

一般の中国系の人たちにとって、非常に耳障りで、迷惑です。私も以前あまり快く思ってませんでしたが、しかし今ではあまり騒音、雑音だとは思ってません。これがその民族の文化で、その文化について深く理解してないのかもしれないが、受け入れる心が必要だと思います、そして、受け入れる心があれば、何が入っても、何を聞こえても、心が穏やかになり、何も気にしなくなります。中国系だって線香やら花火やら、きっとマレー系の人にはなかなか理解されないところがあるでしょう。

お互いにお互いの文化を尊重し合えば、きっと世界が少し平和になるでしょう。

それにしてもお経をスピーカーまで通す必要はないじゃないかと少し思いますが。。。

2011年5月2日月曜日

エコーカーよりエコーの車

普段は特に用がなければあまり出かけないようにしています(当たり前か)。数キロ以内の距離であれば、基本的に歩きか自転車です。

マレーシアに戻って早々購入したのはこの中古の日本製チャリンコです、中古とはいえ結構きれいで、値段は150リンギット(日本円で4千円ちょっと)です。


よくマレーシアは他の東南アジアに比べ治安が良いと言われましが、それはそうかもしれませんが、でもやはり車の盗難や強盗などの話が結構耳にします。新品のものは値段がこの数倍で、いずれ盗まれるので(覚悟していますが)、中古のもので十分です、しかも環境保護に一役立っています。

Made in Japanのものは品質の良さで定評です、新品の中国製のものより、中古の日本製の方が人気があります。この自転車もおそらく日本のどこかの放置または廃棄自転車(まさか盗難品かもしれない!)で、コンテナに積んで船便で運んできて、マレーシアの自転車屋さんで若干修理、磨いた後売りに出します。

ところでここバトゥバハットの交通事情ですが、道に出ると、車、車、車、バイク、私が日本に行く20年前に比べますと、車の数が数倍に上りました。天気が暑いし、体力も使うので、自転車は交通手段としてあまり利用しないようです。

スーパーの駐輪場でもあまり自転車が見かけません、この日も私のを入れて2台だけでした。

文明や技術の発展により生活が便利になりました、その一方人々がそれに頼る生活に慣れてしまい、それ無しでは生きていけなくなりました。

私はこれからも車ではなく自転車に乗りたいと思います(体力がある限り)。

2011年5月1日日曜日

有機農場見学

高校の友達に世間話で有機野菜に興味があると話をしました、そのうちの一人が家族サービスのついでに、わざわざ誘っていただき、昨日隣町の有機農場に見学に行きました(高校卒業後、ほとんど連絡してませんが、高校の同級生はやはりありがたいですね)。

あまり真剣に聞いてません、すみません。。。
農薬を撒かない代わりに水田の中に魚を飼って、害虫を駆除するそうです。

有機農耕とはこういうことです。

こんなオヤジです!後ろが見えないので、牛に噛まれるのではないかと恐れてちょっと手が不自然です。

中に泊まりの施設もあり、1人1泊190リンギット(約5,500円)です。
度重なる水災被害の経験から、水に浮かべる作りにしたそうです。

その後、もう一つ見学しました。

ここは主にドラゴンフルーツを作っています。
近年マレーシア人の健康意識が高く、こういった有機野菜や怪しい磁気ベッドなどが人気らしいです。