2011年10月28日金曜日

手提電話

昨日の夕方に携帯電話についてのブログを書こうと思って、自分の携帯電話の写真を取ろうとしたら、いつも携帯電話を置いてある場所に携帯電話がない!もしかして、もしかすると、やっぱりありました、洗濯タライの中にありました。。。(手洗いなので、一旦タライに洗濯物を浸け置きする)

隣国のタイでは街中が水没で大変のようですが、こちらは携帯電話が水没して大変気持ちがBiru(ビル、マレー語は青の意味)です。

今日妹から要らない古い電話機をもらって(借りて?)、自分のシムカードを入れ、一応復活しました。あまり詳しく分かりませんが(詳しく知りたい気もないのですが)、機種変更の場合、日本では携帯電話ショップに行って、何かいろいろいじってもらわなければならなかったのですが(もしかして新しい世代の携帯電話は必要ないのかもしれませんが)、ここでは単にシムカードを入れれば、すぐに使えます。

左が水没した前の携帯電話で、右が女性っぽくピンク色の古い新しい携帯です。

世の中スマートフォンが流行っているようですが、いっそうのことスマートフォンに変えようと思った--ーことは一度もありません。逆にこれを機に携帯電話を止めようと思いましたが、まぁ、なかなかそう簡単には行きません。

でも日本にいたときに比べますと、携帯電話への依存率がものすごく減りました。インターネットは設定すれば使えるらしいのですが使いませんし、Eメールもできないようです。使っているのは通話とSMS(日本でいうショートメール)だけ、しかもSMSは中国語の入力があまり得意ではないし、ここの文化もメールより直接話す方がほとんどですので、本当に原始的な使い方です。

昨日”年収100万円で幸せに暮らす”というネットニュースを目にしました、清貧の暮らしをするなら、決して難しいことではありません、携帯電話の例を取りますと、スマートフォンにより、生活が便利になりましたが、端末の代金、月々の通信料のために、さらに多くのお金が必要になります。それをいうと、普通の携帯電話でも若干少ないのですが、端末の代金と月々の通話料がかかります。そういう意味では、私はまだ本当の清貧の暮らしをしていないのかもしれません。

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